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バンコクから帰国します【エンジニア転職】

バンコクで約3年間ソフトウェアエンジニアとして働いてきたが、2020年12月末をもって日本へ帰国する。

何をやってきたか

3年前に友人に誘われてタイのとある総合商社系の会社に転職し、ソフトウェアエンジニアをやっていた。ここ二、三年でデジタルトランスフォーメーションという言葉も周囲に定着してきたが、まさにこの会社のデジタル化を進めるために仕事をしてきた。海外で働く事自体初めてで期待をされながらスタートしたため、最初はプレッシャーも感じていたが、幸いな事に最初にアサインされた仕事で結果を出した事で、その後動きやすくなり社内でも評価を受けるようになった。思うに事業会社では一人でも手を動かせるエンジニアがいると火付け役としては適任だと思う。もしデジタル化を進めたい企業の方がこれを見ていれば、最初に手を動かせるエンジニアを採用すると社内のデジタルプロジェクトを円滑に進めるようになると思う。

色々な仕事をやってきたが、主にフロントエンド開発、デジタルマーケティングのためのデータ基盤構築、内製化のエンジニアの組織づくり等をやってきた。特定の領域に縛られる事なく所謂フルスタックに働いていたと思う。最初は一人エンジニアとして動く事が多かったが、徐々に組織が大きくなっていくにつれてタイ人の開発チームのマネジメント・テックリードも並行して行うようになった。

特に内製開発チームの立ち上げは最も印象に残っている事の一つで、自分で技術面接の内容や評価項目を考えて実際に面接官となって、タイ人の良いエンジニアを採用することができた事は本当に良い経験だった。候補者のうち何人かは私と働いてみたいからオファーを受けたとフィードバックをもらったりした時はお世辞でも嬉しかったし、面接を通じて多くのタイ人エンジニアとコミュニケーション・意見交換できたのは楽しかった。

なぜ辞めて日本に帰るのか

3年間バンコクで働いてきて仕事内容に特に不満はなかった。ではなぜ辞めて日本に帰る事になったのか?理由は2つ程ある。

第一にバンコクに永住する決断はできなかった事。バンコクは好きだ。旅行者時代パスポートの入国スタンプを税関にチェックされたときに、タイへは仕事で行き来されているんですか?と勘違いされたくらい何度も訪れていた。しかしこの土地に永住する気持ちにはなれなかった。理由としては自身のキャリアの問題等ある。住んで初めて理解したが、自分にとってバンコクは遊ぶ所であっても、長くキャリアを築く所ではなかった。勘違いしないで欲しいがバンコクは物凄く住みやすい。独り身なら7万円~10万円だせば、大都市の真ん中にあるほぼ新築の高層コンドミニアム(プール・ジム付き)に住む事ができる。日本食は何でもあるし、Grabフードは30円程度のデリバリーフィーしかかからないので一日の食事は全部デリバリーで済ます事も多々ある。しかしこの土地でキャリアを積んで住み続ける未来は自分には見えなかった。将来的に必ず帰る事が分かっているなら、3年という区切りを以て日本に帰国しようと考えた。

第二にエンジニアとしてチャレンジングな環境で勝負してみたかった事。今まで事業会社でずっとソフトウェアエンジニアをやってきた。特に今の会社ではビジネス的な面白さや報酬面での満足感はあっても、テクノロジーカンパニーに負けないようなレベルの高い内製化組織の環境にするには相当な時間がかかると感じた。今年で30代に入り、自分に決定権がないような状況でそう長く自分の時間を投資し待つ事はできなかった。

転職活動について

コロナで転職事情もお寒い状況になっているのかと最初は思ったが、IT系企業にとってはあまり影響を受けていないように感じた。おそらく日本に住んでいてもオンサイトでの面接は全て中止でビデオ面接になっていたと思うし、海外からの面接で特に不利を感じた事はなかった。バンコクは日本と比べて時差的には2時間遅れていて、丁度こちらの朝方に面接に参加する事が多かった。

転職先を探す上ではLinkedIn、Glassdoor、採用サイトからの直接応募、知り合いのツテを見ていた。次のどの道に進むかを悩んでいたという事もあり、受けた会社は外資・内資コンサル系、外資系IT、内資大手Web系等幅広く受けた。正直な所結構面接で落ちた。面接慣れしてなかった等細かい部分はあるが、最大の原因はいろいろなプロジェクトに参加していたが、掘り下げて極めて来たものがないというのがあるのではないかと思っている。特に今の会社に来てから、同じプロジェクト・プロダクトに1年以上いた事はなかった。得られる知見や経験はどうしても浅いものになるし、次々とプロジェクトを変わる中で求められるスキルも変わってくる。今の会社にいてフロントエンド、バックエンド、データエンジニアリング、マネジメント等節操がない程やることが変わってきたというのが正直な話だ。

面接での感触が良かったのはIT・Webよりむしろコンサル系だった。これは自分のバンコクでの今の働き方をそのまま社内から社外に適用できるという事だと解釈している。自分が最も活躍できる場がコンサルにあるならば、一時はコンサルに行く事も考えた。しかし、エンジニアとしてチャレンジングな環境で成長をしたいという気持ちが強く、内定を辞退した。

苦労しながらも最後はシリコンバレーのとある外資系企業日本支社のSoftware Development Engineerのポジションのオファーを受ける事になった。多くは語らないが、募集するポジションと自分の経験・スキルセットとタイミングがマッチしたからこそオファーが出たと考えている。タイでのワークビザを更新するかというタイミングも迫り、焦りが出てきた中でギリギリのところで一番行きたい所からオファーが出たのは本当に幸運だった。

今回の転職活動で、自分の経験・スキルセットは自分のキャリア形成に大きく影響してくるという事を身をもって感じた。そして、もう一つ大事な事としては就職・転職活動はタイミングによる縁が非常に大きいという事だ。バンコクの今の会社にいなければ次に行く会社に入る事もなかっただろうし、人生は本当に偶然の塊で出来ているんだと思う。

最後に

コロナによって、今まで遅れを取っていた事業会社はこの機に積極的にデジタル化進めるようになっている。今までは事業会社でデジタルを進める働き方をしてきたが、今度はテクノロジーを提供する立場になって日本、そして世界のデジタルトランスフォーメーションに貢献していきたい。

バンコクでお世話になった方々ありがとうございました。